良い人材を採用する方法2

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弊社では人材支援業だけではなく、人材採用・人材育成・人材定着のコンサルティングも行っておりますが、代表コンサルタントの廣野が、そのノウハウを身に付けた過程を記録します。ノンフィクションで、失敗から学んだことなども記しています。今回は廣野22歳から24歳まで

今回は、採用と言うよりは、スタッフとの関わりから学んだ事をシェアします。

店長として、最初に配属された店舗は地方の山奥にあるショッピングセンターのフードコートでした。

5店舗が繋がっているフードコート全体の運営が私の仕事です。

スーパークレーマー

そのお店には歴代の店長を退職や異動に追いやった、やばすぎるクレーマーがいると有名でした。

ワタシのミッションは、そのクレーマーがクレームを言ってこない状態を作る事

配属初日、客席のテーブルの上をヤンキーが走っていたのを思い出します。

目を疑いました。しかし、それが現実でした。

廣野は、初めて社員の部下を持ちました。確か中途入社の6歳年上でした。

部下が年上になることは覚悟していたので、臆せずやりましたが、私を悩ませたことは、配属された店舗のレベルが何もかも低かったことです。

一応社員代理ができるアルバイトスタッフが3名いました。

私は初めての店長職と言うことであっという間にお店を改善しようと突っ走りました。

頭の中に明確にある理想の店舗像

目指すべくレベルの高いゴールの姿は「廣野の頭の中にあります」どのようにそこに到達させるかの青写真も「頭の中にあります」廣野は、直前にいた店舗ではスタッフを巻き込み、スタッフが楽しく活き活き働ける店舗をかなりのレベルで管理できていたと言う自負がありました。

売り上げもスタッフの数も前店舗の30%

ワタシならあっという間に見違えるようなお店ができる!と思っていました。

しかし、結果は散々でした。誰もついて来てくれませんでした。

みんなレベルは低いですが自分なりにプライドを持ってやっていたのです。

廣野はスタッフが「自分なり」にやっている事に対し、次々に要求を突きつけ、無理やり改善しようとしました。

そんなワタシに大半のスタッフが反発しました。

特に社員代理スタッフは前任の店長に育てられている為、前任の店長の方を尊敬していて、ワタシがすることが気に入らないようです。

これは、まともな状態に持っていくのに1年以上かかりました。

22歳 廣野の学び

誰かの色がついているスタッフを変えるのはとても難しい事を学ぶ

やり方を間違えると、最高責任者と、責任者代理が同じ方向に進みません。

対立した日には何もできなくなってしまいます。

この頃、学んだ廣野に起きた変化

トップダウンで改善を進めるには、強力なポジションパワーが必要です。

しかし、このお店で、ワタシは「ポジションパワー」をなかなか発揮できませんでした。

ワタシがスタッフを無理やりひっぱり上げるスタイルを捨てました。

スタッフに自分で階段を登ってもらうような指導方針をとるようになりました。

ミーティングをして、どこを改善したら良いか?スタッフの意見を聞き、その改善点を一緒に取り組む方法です。

23歳、廣野の学び

どんなスタッフでも、自分でお店を作っている感・お店の運営に自分は重要だ!と感じてくれれば、スタッフが職場を愛するようになる事を学ぶ

その後、店舗の改善がスタッフの手で日々進化する体制になったので、廣野の仕事はやりたかったスタッフが日々進化できる環境作りにシフトします。

スタッフが日々進化できる環境に必要なこと

これは、最高責任者に余裕がある状態を維持することです。具体的には

1ケ月先までのシフトが掲示してあること

ゴミ・汚れ・くもり、一つない厨房・客席・休憩室が維持されていること

正しい評価基準・能力給・組織の中の役割があり、機能していること

不良従業員・不良客の排除ができていること

完全に整理整頓された在庫が維持できていること

メンテナンスや清掃の実施計画があり、計画通りに実行していること

業務移管が進んでいくこと

レクレーション(仕事外での交流)を企画すること

漸く安定した店舗

配属して2年が経過した頃、店舗は見違える程改善され、スタッフが活き活き働く店舗ができていました。

廣野は、ショッピングセンターとの関係性もしっかりと築き、ショッピンセンター全体の盛り上げにも関わるようになっていました。

スーパークレーマーはすっかり廣野とフードコートのファンになってしまっていました。

しかし、このクレーマーがこの後起こす大問題をこの時の廣野はまだ知りません。

つづく

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